| 軽快なエグゾースト音を鳴らしながら、夕焼けに向かってバイクが走る。 スバルはその上で、シグナムの体を抱きしめていた。 決して好意があるというわけではない。単純に運転が粗暴なせいなのだ。少々強めにしがみついていないと振り落とされてしまうのではないか、と言うほど急発進・急停車が多い。とにかく動きが極端なのである。 本人の性格ゆえか、それとも実は運転が下手なのか。どちらにせよ、バイクが進むほどスバルは腕の力を強めているほど酷い。 『あまり強くするな。アギトがつぶれる』 「いるんですかっ」 冗談めかした念話に対して、スバルは肉声で答えた。 その声を聴き、シグナムはフルフェイスのヘルメットの中でほくそ笑む。 『やはり人よりも人間らしいな、お前は』 『は、あ・・・』 禅じみた問いに、スバルはぼんやりと答えた。 『お前の希望・・・いや、夢というべきか、私の耳にも届いているぞ』 やっぱり、といった顔をしながら、スバルは苦笑した。 スバルの夢、それは特別救助隊への所属である。隊内では幼少の頃に現在の上司であるなのは助けられたことがきっかけ・・・らしい、とされている。 『お前のような心がいずれ時代を作るのだろうな』 と、ぽつり、とした声を念話で伝える。 しかしその言葉に対し、スバルはぐっと拳を握り締めて答えた。 『時代なんて作らなくていいです。この手で守れさえすれば・・・』 『・・・そうか、だがそうして築かれていくものなのかもな』 その言葉は極めてゆっくりと交わされた。 念話だというのに、それは声以上に声が込められていた。 「シグナム、言葉がいちいちくせぇぞ。ていうかこっちに聞こえるようにすんじゃねえッ!」 火花染みた声が、その空気に水を差した。 『そうか、ならばもっと聞かせてやろう』 得意げに言い放つシグナムに対し、アギトは素直に「うげぇ」と呟いた。 ◇ ◇ ◇ 赤いバイクの後方に黒いセダン車が続く。 その中では、3人の男女が不思議そうにバイクに乗る2人の背を見つめていた。 「なーんか仲良さそ」 助手席の後ろでティアナが呟いた。手は相変わらず腹を軽く抑えている。 その横で、キャロは目の前で運転するフェイトに対し、無邪気な声で問いかけた。 「フェイトさん、シグナム副隊長の経歴ってどうなってるんですか?」 「経歴・・・って言われても・・・」 言われてフェイトは困惑した。 長い付き合いにはなるが、詳しい過去は知っていない。 そもそもシグナム本人が忘れているらしい、とのこともあるため知るよしも無い。 「元々敵同士だったってのは聞いてますし、その後の経過とかも聞いてるんですけれど、その敵同士だったとか・・・」 「それは特秘事項、かな」 エリオの問いに、フェイトは意味深な笑みを浮かべた。 「じゃあせめて、人となりだけでも」 ティアナが熱心そうに訊ねたとき、フェイトは不意にやわらかい表情をミラーに向けた。 「強い人だよ。だからこそ、優しくて厳しい、かな・・・」 そう語るフェイトの顔は、昔の恋人を想うそれであった。 「とっても不器用だけどね。それでも、周りなんて気にしないで、いつでも自分の道を貫くからカッコいいっていうか・・・あ、でも内面はどうかわからないけど・・・」 と、フェイトの穏やかな声を遮るように、ティアナが「うぇ」と嗚咽をもらした。 その様子に、やや焦り気味にフェイトが訊ねる。 「そんなにイヤだった? シグナム褒めるの」 「フェイトさん、ティアさんのところの窓、開けてあげてください」 車酔いと察したエリオは、すかさずフェイトに指示を出した。 「大丈夫」 ティアナはエリオの耳元で囁いた。 妙にねっとりとした声であった。 「ティアナ?」 ミラー越しに、フェイトは眉をひそめた。 その直後である。エリオの口から小さな呻きが漏れたのは。 「うっ」 「エリオ?」 続く変化に、フェイトは思わずわき見をした。 ちらりと見えたエリオの横顔は、軽度の苦痛に歪んでいた。 さらに見えたのは、後ろから伸びるティアナの手である。 その手がエリオの首を、横から覆っていたのだ。 「・・・・・・」 妙な違和感を悟り、フェイトは再び視線を横に流した。 ティアナの指が、見せ付けるようにエリオの首筋へつきたてられていた。 その爪は緑色で、エリオの肌へ深々と食い込んでいる。指先はやはり緑に染まった血管が、異常事態をアピールするように蠢いている。 「妙なことしたらエリオの内側から破りますよ」 冷酷な声が車内に響いた。 「・・・・・・ティアナ、なにがどうなってるの?」 運転する手を緩めず、フェイトは訊ねた。 「思い出しませんか? 植物型の魔法生物に取り込まれた挙句、私を捕まえたあの日のこと」 「・・・・・・あいにくヒントなしで答えられるほど頭よくないから」 苦笑交じりで、しかし緊張は解かずに答える。 ちらり、とバックミラーを覗き込んだとき、ティアナの変化を改めて視認した。 緑色に染まった瞳が、フェイトの脳裏を貫いた。 「今度は何が目的なの・・・?」 「自分で考えてください」 良いながら、ティアナは指をゆっくりと伸ばした。 その先にいるのは、突然の異常事態に対応し切れないキャロである。 緑色の爪が幼い首に突き刺さり、そこから血管にも似た深緑の根を植えつけた。 それは種を植え付ける行為であった。 ドクン・・・、と一際大きい脈動がキャロに伝わったとき、彼女の目がゆっくりと緑へ染まった。 ただ根を伸ばすだけではない、進化した植物型魔法生物の行動に、フェイトは思わず息を呑んだ。 「・・・思い通りにならないんだから」 「だといいですね」 強きの姿勢を崩さないフェイトをあざ笑うかのように、ティアナはあえて延髄に爪を突き刺した。 そこから種子をたっぷりと注入していく。 徐々に緑へ染まる瞳は誰にも気づかれることは無かった。 ◇ ◇ ◇ ―海上隔離施設 芝生や樹木が植わり、昼下がりの公園のような穏やかな時間が流れるそこで、かつて大規模なテロ事件を起こした者たちは、それぞれの時間を過ごしていた。 その者たちの名を纏めて呼ぶならばナンバーズである。 JS事件において「利用」された戦闘機人・・・すなわちサイボーグに近い概念の肉体を持つ者達のことだ。 その一部は首謀者と共に監獄へ囚われているが、ほとんどの者はこの施設にて、更生プログラムを受けている最中である。 「はい、じゃあここで少し休憩」 と、先生と思しきロングヘアの女性―ギンガが上品な声で言うと、7人の少女達が大きな息をついて、それぞれ自分なりのリラックスをした。 「相変わらず小難しい話ばっか」 ぽつりと漏らした言葉は赤いショートヘアの少女の口から生まれたものであった。 「まあ、ノーヴェのおつむにゃ難しいかもしんないっスけどね〜」 能天気な声に突かれ、ノーヴェと呼ばれた少女は不機嫌な視線で言葉の主を射抜いた。 「逆だよ、逆! なんつーか、多分当たり前のことなのに、なんで今さら教えられてるんだろうって気になって・・・その、な・・・」 だんだんと声が細くなっていく。 「それほどまでに私達の歩んできた道は歪んできた、ということだろう」 包み込むように、白銀の長い髪をした隻眼の少女―チンクが語りかける。 見た目に反して最も大人びた言動に、残りの6人が食い入るように聞いていた。 「うん、ノーヴェのその気持ち、すごく分かる」 と、下げたポニーテールの少女―ディエチが深く頷きながら言った。 「えと・・・やっぱりノーヴェには難しかった・・・かしら・・・?」 その輪に溶け込むように、先生らしき女性がノーヴェに声を掛けた。 「べ、別にギンガが悪いわけじゃないっ」 短く言い放つ姿に、傍にいたチンクは思わず微笑みを含んだ。 「ギンガー、次はなーにやるんスか?」 先ほどの能天気な―ウェンディの声が興味に溢れた声で訊ねる。 するとギンガが、満を持した、といった表情で語る。 「特別講師による特別授業」 人差し指を1本立て微笑む。 その言葉へのリアクションは、意外にもマイナスであった。 「またあの教会の人が来たらすごいイヤだな」 水色の髪の少女―セインが呟く。 その隣で座り並ぶロングとショート―オットーとディード、2人の少女が少々 「・・・もっとキツいのが来るみたいです」 ロングの少女がぽつりと伝える。 「キツい・・・の・・・?」 と、セインがぽかんとしたその時である。 ドンッ!と、大きな音が、穏やかな室内に鳴り響いた。 その音に、オットーとディードの背筋が張った。 「なんなんだ、ここは立て付けが悪いぞ」 クールな口調に熱を秘めた声が8人の耳に届いた。 「自動ドアを無理やり開けようとするからですよ!」 「バーカ! ホントバーカ! ちゃんとボタン押せっての!」 遅れてナンバーズの7人にとってそこそこ聞きなれた2つ声が届く。 改めてその声の方を、8人は見た。 シグナムとスバル、そしてアギトであった。 「ほうっ、スバル〜!」 一目散に駆け寄ったのはウェンディである。 満面の笑みで頬ずり、抱きしめる。 特に嫌がることも無く、スバルはそれを受け入れていた。 「久しぶり、ウェンディ。オットーもディードもディエチもセインもチンクさんも・・・それと・・・」 それぞれの顔を見ながら、それぞれの名を呼ぶ。 そしてここぞと言わんばかりに、赤髪の少女へ最大限の笑顔を向けた。 「ノーヴェ♪」 「・・・お・・・う・・・」 照れくさい、というよりも歯がゆそうに、ノーヴェは答えた。 その顔は、わざとらしくスバルと正反対を向いている。 「お姉ちゃんを忘れないでくださーい」 対称的に、ギンガがわざとらしく手を振りながら言った。 「あーあ、すっかりギン姉、みんなのお姉さんになってる〜。あたしも更生プログラム、受けようかなァ」 「私が担当しよう」 ふざけた冗談に対し、シグナムが諌めるようにぼそりと言った。だがこれはシグナムなりの冗談である。 そんなことなどいざしらず、少女達の会話は続く。 「まあ、ずいぶん世話になっているぞ。出来の悪い妹たちで申し訳ない節もあるがな」 「特にウェンディ」 「あとセインですね」 チンクの声にオットーとディードが続く。 その言葉に、ウェンディはものともせず、セインは文字通り半分“沈んだ”。 「こんだけ揃ったってことは、模擬戦みたいなこととかするんスか?」 相手をシグナムと知ってか知らずか、ウェンディはスバルを抱きしめながら軽快な声で訊ねた。 「そんなところだ」 悠然とした口調でシグナムは言った。 「それで、特別講師というのは・・・その、騎士シグナムでいいのでしょうか?」 と、ディエチが訊ねる。 するとシグナムは首を振り、鋭い口調をそのままで答えた。 「私たちだけではない」 「ヤな予感」 セインが地面から顔を出し、苦笑を交えて呟いた。 「どうせやるなら団体戦の方がいいだろうと思ってな、こちらも数を用意しておいた」 「高町さんだけは勘弁願いますか?」 と、ディエチは真剣な眼差しを、シグナムに向けた。 「あいにく高町隊長は多忙の身でな、捕まえられたのはエリオとキャロにティアナと、ライトニングの分隊長様だ」 「はい」 「む、えーと・・・」 「オットー、なーに?」 名前に困るシグナムを、スバルはさりげなくサポートした。 「あのガリューを抑えられる子と化物みたいな竜を召喚する子と、何より1人でノーヴェ・ウェンディ・ディードをボコボコにしたティアナに加えて、姉たちのガード付いた博士を捕まえた人のいるチームに勝てる気がしません」 「なんならギンガと、アギトとユニゾンインする私もいるぞ」 シグナムは得意げに言い放った。 「ただの弱いものイジメじゃないッスかー」 ブーイング気味に言うウェンディ。その言葉に、チンク以外の少女達は大きく頷いた。 「シグナム、冗談はそれぐらいにしてやれよ」 「じ、冗談だったのか」 ひょっこりと出てきたアギトの言葉に、ノーヴェが思わず苦笑する。 「当然、入れ替えなどもする。・・・アフター5のガス抜きのつもりで臨めば良い」 その言葉に、ウェンディがにぱっと笑った。 「ちょうど体、思いっきり動かしたかったとこなんスよねぇ〜! ぜひスバルとティアナとで組みたいッス! セインもどッスか?」 「いや、あたし、戦闘向きじゃないし・・・」 「あれっ、でも私達の武器は取り上げられたままですが・・・」 「返してくれるんじゃないかな」 「・・・ま、悪くはない、か・・・」 と、ナンバーズの若手たちがザワザワとし始めた頃である。 サー、と自動ドアの開く音が、その声に紛れて響いた。 「遅かったな、ちょうど盛り上がってきたところだ」 振り向き様に、シグナムは言った。 その先には誰もおらず、殺風景な廊下が広がっているだけであった。 「・・・・・・?」 シグナムが首を傾げたその直後である。 その廊下から、無数の触手が部屋へと飛び込んできた。 「えっ―!」 わしゃわしゃという音に、一同が気づいたのはそれからすぐのことであった。 異常な音を視認した瞬間、眼前が真っ赤に染まるのをはっきりと見た。 「ほう・・・」 例えて言うならば火柱。そうとも言い換えられるものの背を見たとき、チンクは興味深そうにその後ろ姿に片目を注いだ。 その背中こそ機動六課ライトニング分隊副隊長にしてヴォルケンリッターが烈火の将、シグナムであった。 「以前にも感じたことのある気配がするな」 シグナムは毅然とした声を発した。 その隣で、低い体勢で構えながら廊下を睨みつける女性がいた。 「さすがです、シグナム二尉」 ギンガ・ナカジマである。鋼鉄に包まれた左手は先ほど襲い掛かってきた触手が1本、シグナムの喉元で握り締められていた。 戻る/次へ 目次へ |