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「Infoseek モバイル」

「フェイト隊長、フェイト隊長?」
 青いペンダントに向かって、スバルは声をかけていた。
 その様子は妙に不安げである。
「お待たせ、スバル」
 と、声をかけたのはティアナだ。白に赤いラインの入ったバッグを肩に掛け、軽く息を切らしている。
「遅かったね、なんかトラブったの?」
「何軒か回るハメになっちゃって。『この生地だけないから、あっちの店に』とか・・・」
 そう言ううちに、段々と息が整っていく。
 スバルは困った笑顔を見せ、ティアナの苦労に共感した。
「災難だったね。代用できるものとかなかったんだ」
「メモに『これ以外はダメ』って書いてあったから。で、フェイト隊長の方は? なんかトラブってたみたいだけど、それ、解決したの?」
 バッグから1枚のタロットカードを取り出し、ヒラヒラとしてみせる。
「あれ、聞けなかった?」
「ちょうどお店の人に説明受けてたトコだったから」
 やや苦笑をして、ティアナは答えた。
「そう言う時って出にくいよね」
 スバルも同じように笑って気持ちを揃える。
 しかし、すぐに表情を曇らせて、唇を小さく尖らせた。
「そのフェイト隊長から連絡なくってさ、途方にくれてたとこ」
「そうなの」
 言葉を受け止めて、ティアナは小さく肩を落とした。
「とりあえず車に戻らない? ヘタに動くよりマシでしょ」
「そだね」
 ティアナの単純な名案に頷くと、スバルは重い体を運ぶようにゆっくりと歩き出した。
 遅れて歩き出したティアナは、手に提げられた紺色のバッグに注目した。
「何買ったの?」
「ちょっと変わったお菓子。試食したんだけど、周りがフワフワで中にクリームがあってね・・・」
 と、ジェスチャーを交えながら語る。試食で気に入ったのか、どことなく興奮気味であった。
 だが、それを遮るように、控えめな爆音が街中に響いた。
 ショッピングモールから聞こえたそれを、2人は無論聞き逃さなかった。
「大丈夫かな、フェイト隊長・・・」
「心配する暇があるならさっさと行く」
「うん」
 ティアナの冷静な判断に頷き、スバルは先に駆け出した。
 後を追いながら、ティアナはタロットカードに声を掛ける。
「こちらスターズ04」
『んっ、なんや、ティアナか』
「八神部隊長。出先で事件が発生した模様なので先行して対応します。詳細は確認次第、報告します」
『了解や。シグナムもちょうど向かったみたいやから、フェイト隊長と合わせて合流して当っといて。状況次第で応援も出すから』
「ええ、お願いします」
『ほな、ぐっどらっくな』
「・・・はい」
 やけに気楽な部隊長の言葉に、ティアナは肩透かしを食らったような顔でため息をついた。
「私らはともかく、フェイト隊長とシグナム副隊長が揃うなら安心もするわよね・・・」
「ティア!」
 ぼやき気味に呟くティアナを一喝するかのように、スバルの一声がとんだ。
「なによ!?」
 なかばヒステリックに叫び、スバルを睨む。
 スバルは指を差していた。ティアナは素早くその先に視線を移した。同時に言葉を失った。
 まるで殻を突き破ったかのように、植物の蔦がショッピングモールから突き出ているのだ。
「・・・やばくない?」
「ていうか、非常識だわ・・・」
 現実から目をそらすような言い方である。
「フェイト隊長、大丈夫かな・・・」
 対称的に、スバルはしっかりと現実を受け止めていた。
「どうする? ティア」
「とにかく内部の状況把握。行くわよ」
 と、ティアナは先に駆け出した。
 遅れたスバルだが、直ぐに追いつき、並んで走り出した。
「マッハキャリバー!」
「クロスミラージュ!」
 ペンダントとタロットカード。
 各々待機しているデバイスを取り出し、走りながら日が傾きつつある空へ掲げる。
『『スタンバイレディ』』
 2人の声に応え、デバイスは輝き鋭く輝いた。
「セットアップ!」
 鮮やかな青と赤の光が生まれ、それぞれ2人を包む。
 やがてそれが弾け飛んだ時、黒を貴重としたタイトなスーツに白い防護服を着た2人の姿が現れた。
「スバル、救助優先で動いて!私は買った物の車においてから、状況確認しながら動くわ!」
「オッケー! あたしのもよろしく!」
 相棒の指示を受けると、スバル手提げ袋を渡し、間もなく先行した。
 手ごろな瓦礫の隙間を見つけ、身をかがめて滑り込む。
 空間はすぐに開けた。まるでジャングルのような極彩色が広がっていた。
「うっあ〜・・・」
 不意に広がった異空間に、さすがのスバルも自分の目を疑う。
 凝らして周りを見回してみれば、人々が太い茎のような蔦に埋め込まれているのが見えた。
 一ヶ所だけ見ていれば、大した数ではない、と感じられる。
 だが、視野を広げた時、スバルの意気は小さく消沈した。
「・・・こんなに・・・どうやって助ければ・・・」
 諦めの寸前を口にする。だが、それが本物になる前に、鋼の拳を握り締め、大きく深呼吸をした。
「1人でも多く助けなきゃ・・・だよね・・・」
 静かに意志を燃え上がらせ、太い蔦で上手く足を固めているローラーブレードを走らせる。
 スバルはまず、手前から順序良く救助を開始しようと、幼い少女を絡める蔦に手をかけた。
「えっ・・・?」
 その少女の顔を見て、スバルは再び躊躇した。
 異様な状況に取り込まれているというのに、泣きもしないどころか薄っすらと笑みを浮かべているのだ。
「まさか」
 と呟き、少女のうなじに視線を走らせる。
 細い蔦が皮膚を貫き、少女の中へ入り込んでいるのだ。
『・・・・・・ティア、こういうのって無理やり剥がしたらヤバいよね・・・・・・』
 と、思念波で訊ねる。
 だが、その声が自分へ跳ね返ってくるのを耳の奥で感じた。
「閉鎖されてる・・・!?にしてはなんか違う気が・・・!」
「歪んでいるのよ、空間が」
 涼やかな声が聞こえ、スバルはゆっくりと振り向いた。
「ティア」
「すぐに合流できてよかったわ」
 クールな声に交えて安堵の息をもらす。
 視線は休むことなく周囲を警戒していた。
「例えて言うなら磁場の強いジャングルみたいなところが魔力でより酷くなった感じ。私でさえ違和感あるんだから、アンタなんか特に・・・」
「あたしはそう言うの、軽減できるから大丈夫」
 と、明るく言い切ってみせる。
 だが眼はティアナと同じく、笑みを含まずに注意を削がない。
 状況からして敵は360度、全体・・・すなわち、空間そのものが敵と推測できるのだ。
 2人は自然と背中を合わせた。
「ここまでの異変なら隊長たちも気づいているはずだから、それを待つしか・・・」
「でも、相手は待ってくれないみたいだよ」
 緊張に満たされた声で、スバルは言った。
 彼女の視界には、無数の人影が映っていた。
 そのシルエットは、先ほどまで同行していた雷の隊長によく似ていた。
 よく見ればそれは草木の塊で、眼や口など無い。文字通りの植物人間とでもいうべきそれらはぐちゅぐちゅと蔦をうねらせ、フェイトという外枠を保ちながら、ゆっくりとスバルたちへ迫っていた。
 それらはバルディッシュによく似せた枝の先から黄金の鎌を走らせ、それを戦いの合図とした。
「無理せず様子見で行くわよ」
「うん」
 2人は間髪いれず、気持ちを切り替えた。
 まずはスバルが拳を突き出し、1体の懐へ飛び込んだ。
 腰を捻らない、軽い一撃であった。
 にも関わらず、植物フェイトの胸を貫いた。
「いける!」
 と、スバルのリボルバーナックルが手首まで沈み込んだ瞬間である。
 めきめきと、鋼の拳を包み込むように、植物の体が再生した。
「!」
 スバルはナックルのジャイロ部分を回転させ、素早く引き抜いた。
 腕に張り付きかけた根が糸のように残りつつ、最後にはちぎれた。
「ダメ、ティア! キリが無さそう!」
「そんなの、もう一発でわかったわよ!」
 焦燥に満ち溢れたティアナの声が木々を揺らした。
 スバルは反転し、慌ててティアナの様子を確認した。
「あっ・・・!」
 人型植物の集団に埋まるティアナの姿が見えた。
 スバルは根をけり、ティアナの飛び込もうとした。
 だが、素早く根が伸びて足首を拘束した。
 顔から床を覆う根に頭を打つ。すぐさま顔を上げたとき、すでにティアナの姿は腕だけとなっていた。
 その腕も最初は救いを求めるようにスバルの方へ伸びきっていたが、すぐに力なく垂れた。
「そんな・・・」
 スバルは息を詰まらせた。
「ここまで何も出来ないなんて・・・!」
 あまりに不意に訪れた絶望的な状況に、スバルは両方の拳をたたきつけた。
 その拳を掴むように、根から突然生えた蔦がまとわりつく。
 スバルは慌てて引き剥がそうと、体を仰け反らせた。
 すると、まるで根の海から引き揚げられたかのように、黒衣の女性が姿を現した。
 わずかに入り込む夕日が、金色の髪を照らし出したとき、スバルは否応無しに呆気に取られた。
「フェイト隊長!」
「ゴメンね、スバル。すぐに済むから」
 と、スバルの腕に絡む蔦を手繰りよせ、両手で顔を包み込む。その眼の奥で、深緑の色が妖しく輝いた。
 フェイトは顔に近づいた桜色の唇を狙い、それを植物の緑に染められた口で素早く塞いだ。
 くちゅり、と音を立て、フェイトの頬からスバルの頬へ何かが流れ込んだ。
 2人の口の端から、濃い緑色の粘液がつっと垂れる。
 フェイトはそれを見てニヤリと笑った。
「フェイト隊長・・・なにを・・・!?」
「私やティアナと同じようになれるから、安心して」
 薄い笑みで緑に染まった瞳を細めつつ、フェイトは答えた。
 その直後、スバルは口を押さえた。
「うっ・・・」
「・・・どうかしたの?」
 訝しげに、フェイトは訊ねた。
 答えは、嘔吐の音色と共に返った。
「・・・ヴっ・・・えっ・・・」
 緑色の液を吐き出し、さらにそれに混ざって鶏卵大の物体を吐き出す。
 フェイトの表情は一瞬にして強張った。
「種が定着しないなんて・・・どんな体してるの・・・!?」
「・・・あたし、生まれつき頑丈ですから・・・」
 と、弱々しく答える。
 苦しみながらも強気な笑みを浮かべる顔であった。
 だがそれは、フェイトを十分に威嚇した。
「それなら、面倒なことになる前に・・・!」
 声に応え、フェイトの右腕に蔓が巻きつき、鋭い錐のような形となる。
 それはスバルの頭を狙って振り下ろされた。
 首をあげ、スバルはその様子をはっきりと見た。
 武器は違えど、管理局のエース級魔導士。その一撃が間もなく自分の額を貫く。
 恐怖以上の圧倒感に支配され、スバルは眼を閉じることが出来なかった。
 ハチマキを抜けて額に鋭い風が集まる。
 その風が、暴音と共に乱れた。
「!?」
 フェイトは既に音の方を見ていた。
 暴音と共に不意に現れた強烈な赤い光に眼を半分閉じつつ、状況の把握を急ぐ。
 まず確認できたのは、真っ赤な夕日であった。
 そしてその前に浮かぶ悠然としたシルエットを見つける。
 バイクに跨る凛々しい戦乙女の影を。
「シグナム副隊長!」
 スバルは思わずその名を呼んだ。
 逆光の陰の奥で浮かぶ鋭い笑みは間違いなくシグナムのものであった。
 彼女は赤いバイクの上で、すでに騎士甲冑に身を包んでいた。
「なかなか手ごたえのありそうな異変だな、レヴァンティン」
『Zustimmung(全くで)』
 右手に携えた剣が輝き、シグナムの声に応えた。
「せいやァッ!」
 直後、その姿に奮い立たされたスバルはフェイトの腕を払いのけ、八艘飛びのごとく床を覆う根を飛びながらシグナムの下へ近寄った。
「なんでバイクなんですか」
 着地と同時にスバルは思わず訊ねた。
「そんなことはどうでも良い」
 シグナムははっきりと言い放った。
「それよりスバル、道を拓け。お前と私が縦横無尽に掛けられる道を」
「は、はい!」
 叱咤にも近い指示に促され、スバルは樹海と化した地面に拳を突きたてた。
 青く輝く魔法陣が描かれた道が、異空間の中に広がる。
 それはキャメルタイプのジェットコースターのように、シグナムのオーダーした以上に激しい起伏を描き、コースを作り上げた。
「で・・・どうするつもりですか?」
「こうするつもりだ」
 ヴオン、と赤いバイクが唸りを上げた。
 頂点にまで達したエンジンの回転は、持ち上げられたギアとガッチリかみ合い、強烈な加速を生んだ。
 ほとんど飛び出す形で魔力の道に乗る。
 スバルは一瞬、呆気に取られながらも、あとを追うようにしてマッハキャリバーを走らせた。
 正面から、シグナム目掛けて枝が襲い掛かる。
 だが、それは既に張られていた魔力の甲冑により消し炭となる。
 炎の障壁でも張っているのだろうか。さすがは烈火の将と言ったところか。
「すごっ・・・」
 別の道へ飛び、その様子を真横から見たスバルはまたしても唖然とした。
―スバル、真の根を見つけるぞ。
「は、はい!」
 突如聞こえた念話に、スバルは脊髄反射で答えた。
 視線を張り巡らせ、怪しそうな部分を
 太い根、色違いの幹や茎、葉や蔦の繁り具合、それらを総て見極める。
 近づいてくる植物フェイトは足払いや右フックで払いのけるようにして避ける。倒せない相手に対するならでは戦法だ。
 やがて樹から突き出た腕が、スバルの眼に留まった。
 それはティアナの腕である。先ほど力を失ったはずのティアナの腕が小刻みに震えながら、ピンと直線に伸びていた。手は、人差し指を正面に差していた。
 スバルはそれを見てピンときた。そして、指が指し示す方へ視線を映す。
 先ほどまで薄暗くて気づかなかったが、洞窟の入口のような穴が、そこにあった。
「シグナム副隊長、こっちです!」
 念話を使わず、肉声を張り上げる。
 シグナムは狭い道の上で、バイクを90度ターンさせ、穴の方を向いた。
 その穴が急速に枝と蔦に覆われていった。
「突破する! スバル、 タイミングを合わせろ!」
「はい!」
 シグナムの声に、スバルは、今度は怯むことなくしっかりと応えた。
「レヴァンティン、カートリッジロード!」
『Schlangeform!』
「マッハキャリバー、いくよ!」
『Yes』
 それぞれのデバイスが主の命に応える。
 シグナムの手にある炎の魔剣は連結刃へと姿を変えた。
 まずは彼女自身の周辺に刃の結界を作る。そして人一人が通れる大きさの螺旋を描き、穴を塞ぐ緑の壁に突貫した。
 そして、その螺旋の中心に青き魔力の道が通る。
「突き進め、スバル!」
 背後から迫ってきたエンジン音と共に響いた声に応え、スバルはマッハキャリバーを走らせた。壁との距離が1mという瞬間で腰を瞬時に深く捻る。そして、螺旋の刃が壁に描いた円の中心に拳をぶち込んだ。
「ハアッ!」
 マッハキャリバーを横に滑らせ、なかば惰性気味に停止を果たす。
 眼前には、薄緑色の世界が広がっていた。
 その中心に、スバルは黄金に輝く木を見つけた。
 眼を瞑り、胸像のように佇むフェイトの姿が、そこにあった。
「フェイト隊長!」
 叫んだスバルの声もむなしく、薄緑色の世界に響くだけであった。

前編へ/続く
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