
「目障りだ、いつまでも甘ったれてないでさっさと部屋に戻れ」 「あの、シグナム副隊長、その辺で・・・」 「スバルさん、とりあえずロビーに・・・っ」 「シグナム副隊長!」 「なんだ」 「・・・・・・め、命令違反は絶対ダメだし、さっきのティアの物言いとか、それを止められなかったあたしは、確かにダメだったと思います」 「・・・・・・」 「自分なりに強くなろうとするのとか、キッツイ状況でもなんとかしようと頑張るのって、そんなにいけないことなんでしょうか!」 「・・・・・・・・・・・・」 「自分なりの努力とか、そういうこともやっちゃいけないんでしょうか!」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 ・ ・ ・ ・ ・ 夜風に解き放たれた言葉は熱く、しかし受け止めたはずの副隊長から答えらしい答えは生まれなかった。 代わりに別の声がその場を制した時、スバルの中にわずかな澱みが生まれていた。 誰も知らない、彼女さえも気づかないそれは、夜のような朝に波紋としてゆっくりと芽吹いた。 彼女の虚ろな目覚めと共に。 「・・・・・・」 呆けた視線のまま体をゆっくりと起こした。二段ベッドの上から顔を伸ばし、下で眠るパートナーの姿を確認する。よく眠っていた。真っ赤だった涙の後もだいぶ薄れている。 ティアも自分も、隊長たちの考えが解かったことで、これからもっと頑張れるに違いない。 その想いがスバルの頬と気持ちをふわりと緩ませた。 しかし、心の底から穏やかになる前に、あの澱みがぐんと広がった。 「まだ答え、聞いてないや」 天井を見上げ、ほう、と息をつく。 ため息でもなければ安堵の息でもない。 すっきりしない吐息は重く広がった。 「少し乾いた、かな」 喉に手を添えて呟く。 普段は並の兵器すら青ざめる打撃を生む手である。 だが、その時ばかりは少女のか弱い掌でしかなかった。 その手がハシゴを握り締め、体をベッドから床へとおろしていく。 目が覚めてきたのか、動きが徐々に精彩になっていった。 やがて離れたところにある冷蔵庫を覗き、大きく首をかしげる。 麦茶や野菜ジュースなど、喉を潤せるものは一通り揃っていた。 だが、それだけでは物足りなく感じたのだろう。 「うーん・・・」 と静かに唸り、そっとドアを閉める。代わりにベッドと冷蔵庫の間にある扉を開けた。 ふだん歩いている隊舎の廊下が広がっている、はずであった。 しかし、今宵は妙に空気が引き締まっていた。 ふと、ポンとジャージのポケットを叩き、電子マネーがつまった入れっぱなしのカードを確認する。 そうして違和感も誤魔化し、一歩踏み出した。 歩き始めてからは速いもので、迷うことなく目的の場所に進んでいった。 やがて自販機のあるロビーにたどり着く。 そこに来て、スバルの大きくて純粋な目が一気に凍えた。 桜色のポニーテールが自販機の前で揺れているのを見たからだ。 「うぇっ」 同時に驚きが口元から零れる。 無理もない。見えたのは数時間前、相棒に拳を浴びせた上に、冷酷な言葉で正論を言い放った上司の最たる特徴だったのだ。 「スバル、か」 ポニーテールを翻し、鋭い視線と妙な威圧感と共に声が放たれた。 「あ・・・ぅ・・・」 一度は彼女独特の気迫を押しのけ、熱弁を奮ったスバルである。 しかし今は寝起きのせいか、それとも頭が冷めたせいか、挨拶すら躊躇していた。 ゴトン、と奇妙な音が大きく響き、スバルの背筋を震え上がらせた。 「美味いぞ、飲め」 と、細長い白のパックを差し出される。 何の変哲も無いミルクであった。 「ありがとうございます・・・」 と、恐る恐る手にし、再び響いたゴトン、という音に背筋が仰け反った。 「スバル」 低い声でシグナムは訊ねた。 「お前は本当に、先ほど熱い姿を見せたスバルか?」 どことなく小バカにした調子であった。 「・・・・・・自信、ないです」 視線をそらしながら、スバルは答えた。 「そうか」 素っ気無い言葉が返る。 スバルはわずかにシグナムの顔を見上げた。 穏やかな表情でパックの中身をゆっくりと飲んでいた。 普段見ているものとは違う副隊長の姿に、逆に別人ではないか、と感じさせられる。 「・・・あまり不思議そうに見るな」 やや顔を背けて、シグナムは命じた。 「は、はい!」 と、背筋を伸ばし、硬直気味に敬礼をする。 シグナムは頬を微かに緩ませた。 「お前も眠れなかったのか」 「と、言いますと・・・?」 怯えたような口調で訊ねる。 察していないのか、それともわざとなのか、シグナムは強めの声で応えた。 「私も・・・少々考え事があってな」 と、飲み干したミルクをそのままに、腕を組み、ため息を交えてみせる。 その一挙一動に、スバルはただ怯えていた。 「例えば・・・お前のことだ」 十分な緊張感を生んでから、腕を組んだまま指を差し向ける。 うぇぐっ、とスバルは引きつった蛙のように声をこもらせた。 組んでいた腕を解き、ひょい、とパックを後ろへ投げ捨る。 ガコン、とダストボックスへ入る音が、スバルの緊張感を恐怖心へと変えた。 すっと、シグナムの右腕が伸びる。 ああ、きっと殴られる。 多分、ティアのように手加減はされない。 シャマルさんところで長い眠りに就いてしまうに違いない。 油断させておいて追い込むだなんて、この上司は本当に酷い人だ。 7割の怖れと3割の怒りがスバルの混ざり合う。 それがピークに達した時、スバルは叫んでいた。 「し、シグナム副隊長!」 「・・・なんだ?」 我武者羅な声に対して、とても優しい口調だった。 「さ、・・・先ほどの答え、まだ頂いて・・・ません・・・」 不意を突くような暖かい声に、スバルの声も尻すぼみになる。 シグナムは満足そうなに微笑みを浮かべ、彼女なりにゆったりと応えた。 「ロビーで話したとおりだが」 「そ、そうじゃなくて!」 ぐぐっと拳が握られ、その中にあるパックの中身が噴き出しそうなほど張り詰める。 眼差しは今にも泣きそうなほど潤んでいた。 「聞きたかったんです、シグナム副隊長の口から!」 言い放ってから、スバルは顔を赤くして辺りを見回した。 「奇遇だな」 エコーしたスバルの声を打ち消すように、シグナムは低く、しかし力強く言った。 「私も伝えたかったところだ。お前の目を見て、ハッキリと」 そう伝えるシグナムの掌はスバルの頭に載っていた。 顔をやや下げ、真っ直ぐな視線を向ける。 やや見上げる形で、スバルも眼を向けていた。 「・・・お願いします!」 張り詰めた背筋を保ったまま、スバルは敬礼をした。 わずかに指先が触れ合い、慌てて気をつけの姿勢になる。 シグナムは微笑みで緩んだ口元を開き、穏やかに訊ねた。 「スバル・ナカジマ、お前の目標はなんだ?」 「あたしの・・・目標は・・・」 「今は言わなくていい」 駆け出し始めた唇を見て、シグナムは素早く言った。 「だが、お前の知りたい答えはそこにある。私が言えるのはこれだけだ」 いつもの厳しい口調に切り替えて答えると、載せていた掌で優しく頭を撫でた。 そして手を離し、宿舎の方へ悠然とした歩みで去っていった。 擦れ違い様に一言だけ残して。 「ついでに伝えておくが、それは温めた方が美味いぞ」 思わず振り返り、シグナムの後ろ姿を見つめる。 わずかな時間であったが、その瞳は揺れる桜色の髪に夢中であった。 そんな自分にハッとして、本能的に顔を激しく振る。 そして、甦った強い眼差しをその桜に向け、深く頭を下げた。 「ありがとうございました!」 響いた声に応えるように、窓から光が差し込んだ。 あとがき 第九話の放送からちょくちょく言われることがあります。 「東牙さん、シグ×スバフラグ、おめでとうございます!」 というわけで本当にありがとう、第九話。 自称大日本シグ×スバ党幹事長として、 このなのはSS処女作品、 「BRAVE BRINGER」を第九話に捧げます。 07/06/09 東牙 戻る |